東京地方裁判所 昭和55年(特わ)189号 判決 1980年10月30日
本籍
東京都渋谷区広尾三丁目四九番地
住居
同都港区三田五丁目二番一八-一四一四号
会社役員
千住一彦
昭和八年一月三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官寺西輝泰出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金四〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都江東区亀戸二丁目六番八-九〇四号において、株式会社千進スチール製作所などの名称で土木建設用消耗資材等の販売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和五一年分の実際総所得金額が七四三三万八九七二円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五二年三月一四日、東京都江東区亀戸二丁目一七番八号所在の所轄江東東税務署において、同税務署長に対し、右五一年分の総所得金額は八〇万二五二七円の欠損で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五五年押第八一五号の一)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四〇六六万九六〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五二年分の実際総所得金額が八三九七万〇三八四円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一五日、前記江東東税務署において、同税務署長に対し、右五二年分の総所得金額は一七六万二三四一円の欠損で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の二)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四七六一万二五〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和五三年分の実際総所得金額が一億三一〇一万九二五二円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一五日、前記江東東税務署において、同税務署長に対し、右五三年分の総所得金額は五〇万二五〇四円であって、所得控除をすると納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の三)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額八二八九万九二〇〇円(別紙(四)ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書四通
一 証人千住義久及び同遠藤家弘の当公判廷における各供述
一 収税官吏作成の昭和51年分売上金額等、昭和52年分売上金額等、昭和53年分売上金額等、各年末におけるたな卸金額、昭和51年分仕入金額等、昭和52年分仕入金額等、昭和53年分仕入金額等、受取手数料、支払手数料、租税公課、荷造運賃、消耗品費、車両費、福利厚生費、雑費、給料賃金、地代家賃、損害保険料、通信費、熱海サニーハイツ経費、減価償却費、車輌減価償却費等及び株式売買損益に関する各調査書各一通
一 検察事務官作成の旅費交通費、接待交際費及び雑給に関する各報告書各一通
一 押収してある註文書五枚(昭和五五年押第八一五号の四乃至八)、売上カード一〇枚(前同号の九乃至一八)、無表題ノート一冊(前同号の一九)及び所得税確定申告書等三袋(前同号の一乃至三)
(弁護人の主張に対する判断)
一、株式取引について
(一) 被告人は、建設資材の販売のほか、昭和四九年以来株式取引を行なっていたことが認められるところ、検察官は、本件冒頭陳述において、訴因にある昭和五一乃至同五三年の三年度中で、株式取引によって利益のあがった同五三年度についてのみ株式取引にふれ、それによって生じた利益を雑所得として課税すべしと主張する。これに対して弁護人は、「被告人の昭和四九年以来本件の対象となる三年度分までの株式取引は、事業としての性格をもつものであり、昭和五一年、同五二年の各年度の株式取引については逆に損失が生じていて、これは事業所得の計算上生じた損失として所得税法六九条により、他の所得と損益通算されるべきであり、同五三年度の株式取引による利益についても事業所得として課税されるべきものである」とし、なお、右株式取引の態様、規模等につき、「被告人の株式取引は、現物と信用の二種類を併用しつつも信用取引に主力をおいたもので、昭和四九年から始まったものであるが、取引証券会社は昭和五〇年には一店舗であったものの、同五一年には二店舗、同五二年以降は三店舗と増加していて、年間取引回数が、少ない同五一年度で一六四回、多い同五三年度は四六三回、取引株数は、少ない同五二年度で約五〇〇万株、多い五三年度で一一五三万株を超え、売買金額の合計は、少ない同五二年度で約一七億五一〇〇万円、同五三年度は四九億八五〇〇万円前後になっている」などと主張し、これに添うような証拠も提出されている。これによっても、少なくとも昭和五一ないし同五三年度における被告人の株式取引(以下「本件株式取引」ということがある。)が営利を目的とした有価証券の継続的売買であることは明らかであるから、これにより生じた所得は、所得税法上、事業所得か、さもなくば雑所得として課税の対象となるものといわなければならない(なお、これについてまでも譲渡所得とする見解もないではないが、これには左袒することができない。)。
(二) そこで、本件株式取引が所得税法上の「事業」として行なわれたものであるか否かについて検討するに、同法二七条、これを受けた所得税法施行令六三条一ないし一一号には、右に該当する業種は明定されていないから、問題は、本件株式取引が同条一二号にいう「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かに帰着する。
なお、検察官は、「本件は継続的な株式の投機的取引であって、その売得金については株式に対する対価性はほとんど認められないから、仮に営利を目的とした継続的取引が行なわれていたとしても、それは対価を得て行なう事業とはいえない」旨主張する。しかし、右一二号にいう「対価を得て」については、それが個々の取引行為を超えたいわば総体としての事業について規定したものであることは、その文言に照らしても明らかであるから、その内容はおおむね営利性と同義に解するのが相当である。そして、投機的色彩を帯びた取引にあっても常に営利性がないとはいえないことは明らかであるから、検察官の右主張はそのまま採用することはできない。
このようにして、右一二号にいう「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」とは、自己の計算において営利を目的として継続的に行なう人の経済的活動についていうものということができる。
ところで、現行の所得税法が所得を一〇種類に分類し、各種類毎に、計算方法を個別かつ具体的に規定するとともに、これに関連して総所得の算出過程においても、各種の処理規定をもうけているのは、所得の発生原因ないし発生形態の如何により担税力が異なることを考慮し、こうした担税力に相応して適正かつ効率的な課税を達成するためであり、そのなかでも、事業所得について、損益通算(同法六九条一項)等の扱いを認め、反面、雑所得では損益通算等を認めていないのは、経済活動のうち継続して安定した収益をあげ得るものに着目し、こうした所得源泉を事業として捉え、その担税力の維持・確保を図っているものといえるから、人の経済的活動が前記施行令六三条一二号にいう「事業」と認定されるためには、営利を目的とした継続的行為であるだけでは足りず、継続して安定した収益をあげ得るだけの性質・実態・規模等を備えていることが必要であり、その有無は、以上の見地から結局、社会通念に照らして判定するのほかはないと解される。したがって、本件で問題とされるような株式の継続的取引については投機的色彩を払拭することができず、しかも、これが別途事業を行なう者によってなされているような場合において、なおかつ、こうした株式取引が「事業」に該当するといいうるためには、特に慎重な検討が加えられなければならない。
(三) そこで、これを本件についてみるに、関係証拠によれば、前示にもあるように、被告人は、土木建設用消耗資材等の販売業を営んでいたものであるが、右事業は、途中、入院による一時的な中断や取扱商品の変更はあったものの、昭和四〇年以来営んでいたものであって、本件犯行当時の取扱商品としては、図面保管庫、トリオポール(測量器)、ルミポール(路肩を表示する棒)、スーパースケール(角度計)等があり、その販売方法は、図面保管庫については、ダイレクトメールによって注文をとり、その余の商品については、フリーの外交員を使って売買の予約をとり手数料と引換えに外交員から右予約を譲り受け、予約者に対しさらに電話等で交渉を続けて本契約締結に至るというものであったこと、このような販売方法のゆえもあって、従業員は親族の者らが三名いるのみであるが、年間の総売り上げ高は、業績の伸び始めた昭和四九年以降についてはいずれも二億円を大幅に上廻っていて、これによる収益は同五一年以降においても、別紙各修正損益計算書記載のとおり、年間七~八千万円を超える高額かつ安定したものであることの各事実が認められる。他方、被告人の株式取引についてみるに、その内容は弁護人の主張にもあるように小規模とはいえないものである。しかし、関係証拠によれば、被告人は、右土木建設用消耗資材等の販売業から得た所得について脱税し、それを資金として昭和四九年末より株式取引を始めたもので、その取引は、株価変動による差益の取得を目的とするものであって投機性を有することは否定し難く、現に昭和五一及び同五二年の両年度は損失を生じたとされていることにかんがみても、到底安定した収益を上げ得るほどのものとはいえない。加えて、その取引態様も偽名・変名もしくは他人名義等を使ってなされ、株式取引を始めた時以降一度も所得として申告されたことはなく、況んや所得税法二二九条による事業開始届も提出されていないのであって、株式取引による損失についても公判段階に至ってはじめて損益通算すべしと主張されるに至ったものであり、更に、株式取引に関する情報も、証券会社の店頭ないし一般の雑誌等による収集の域を出たものとはいえない。また、右取引については、帳簿も作成されておらず、損益の把握についても必ずしも十分であったとはいえず、特にそのために従業員を雇ったということはなく、土木建設用消耗資材等の販売業の従業員に株価をメモさせた程度であったことの各事実が認められる。このような諸事情にかんがみれば、被告人において、その公判弁解にみられるように、たとえ、土木建設用消耗資材等の販売業と株式取引を経営の両輪として利益の追求を企図したうえで、証券会社に入浸りとなり、前述のように相当大量の株を多数回にわたって信用取引を含め継続して取引していたとしても、前示の要件を充足するものとは到底認められず、これをもって所得税法施行令六三条一二号にいう事業ということはできない。そうすると、本件株式取引による所得を雑所得であるとする検察官の主張は結論において相当であるから、結局において、弁護人の主張は採用することができない。
二、支払手数料について
次に、弁護人は、本件被告人の土木建設用消耗資材等の販売業は、外交員販売方式をとっており、被告人は、手数料名義で、右外交員らより同人らがとりつけてきた販売の予約を譲り受けていたが、予約を譲り受けてから本契約成立までには、相当長期間を要するところ、正確な会計処理としては、費用収益対応の原則に従って手数料支払時仮払、本契約成立時損金とすべきであるにも拘らず検察官においては、手数料支払時に全額損金として計上していると論難する。確かに、検察官は右のように経理処理をしていて、これには弁護人主張のような難点のあることは否定することができない。しかし、関係証拠とりわけ証人遠藤家弘の当公判廷における供述によれば、前記販売予約の成約状況は甚だ多様であって、費用と収益を正確に対応させて金額を確定させることは、事実上不可能に近いものであることが認められ、このことは、弁護人においても正確な金額を計算・主張していないことに徴しても首肯できる。しかし、関係証拠によれば、被告人が支払った手数料は年を追って増加し、それに対応して売上高も年ごとに増加していることが認められる。これによれば、前年以前より繰越された前払手数料と翌年以降に繰越す前払手数料を比較すると、後者がより多いと推認されるから、このような場合においては、支払手数料支払時に全額費用として計上することは、費用収益対応の原則に反するものとはいえ、所得計算上、むしろ被告人に有利な取扱いとなるものといえる。この点に関する検察官の主張は十分に合理性を有するものであって、弁護人の主張は結局のところ理由がない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役と罰金とを併科し、各罪につき情状により同条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金四〇〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
本件は、外交員を使い地方官庁等を相手に建設用消耗資材等の販売をしている被告人において、三年間にわたり一億七〇〇〇万円余りの所得税を免れたというものである。被告人は、その動機として自己の肺結核等の宿病を考え、家族の将来に思いを致し、後顧の憂いをなくそうとしたためである旨供述しているが、高額の所得を得ている被告人において、このようにしてまで脱税に及ぶ必要は窺えず、その他動機において格別斟酌すべき点も見出せない。また、事業の経理内容について、被告人は、売上カードの記載をもってこれを明確にしていた旨供述しているところ、なるほど右カードには損益計算の基礎となる事実こそ記載されているものの、これを含めた記載状況は所得の申告を前提とした経理処理には程遠いものであって、これによっても、当初から被告人に正当な納税意思がなかったことは明らかである。更に、ほ脱額は、前述のように極めて高額であり、いずれも欠損または零申告を行なっていて、ほ脱率が一〇〇パーセントであるのみならず、起訴の対象とはなっていないものの、本件の事業年度に先立つ昭和四九、同五〇の両年度においても、多額の収益をあげていながら、極端な過少申告を行ない、本件摘発後に修正申告に及んでいることなどにかんがみると、被告人の納税意識は一貫して著しく欠如していたことが窺えるのである。こうした態度は、とくに現行の申告納税制度のもとにおいては、単に国庫の収入に損害を与えるだけではなく、正直な申告納税者の公平感を損ない、ひいては他に負担を転嫁して税の均衡負担を破るものといえるのであって、その犯情は重いといわざるをえない。
以上の事情によれば、たとえ、弁護人主張のように、被告人は、昭和五一年度及び同五二年度において、株式取引により相当額の損失を蒙っていたとしても、また被告人が犯行後三年度分について修正申告し、実際の納付額は僅かであるものの、未納分についてその財産を担保に入れたうえ分割納付を約していること、本件後健全な経理体制をとるに至ったこと、被告人の反省の程度、被告人の病状、家庭の事情など被告人に有利な事情を考慮しても、被告人に対しては実刑をもって臨むのが相当であり、主文掲記の程度の刑は止むを得ないといわざるを得ない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保眞人 裁判官 川口政明)
別紙(一) 修正損益計算書
千住一彦
自 昭和51年1月1日
至 昭和51年12月31日
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
千住一彦
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
千住一彦
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
<省略>
別紙(四) ほ脱税額計算書
千住一彦
昭和51.52.53年分
<省略>